宮沢賢治『雪渡り』【青空文庫でさくっと読める名作】

名作文学

こんにちは、編集長のふくだです。
今回は前回に続いて、宮沢賢治の童話で「雪渡り」です。

前回の「虔十公園林」は宮沢賢治の独特な残酷さと温かさが良かったですが。
「雪渡り」は文章で音と景色を楽しむ良さに尽きます。
内容としては人間の子どもと狐の子どもの雪の世界での交流を描いているだけのものですが、音と景色がとにかく気持ち良い作品です。

宮沢賢治のオノマトペが気持ち良い

宮沢賢治を楽しむ上で大事なのはオノマトペです。
オノマトペというと、擬音語ですね。
雪渡りでは「堅雪(かたゆき)かんこ、しみ雪しんこ」と入ってきます。これは岩手県のわらべ唄の一節のようです。この雪渡りはわらべ唄のリズム岩手県、東北地方の強い方言の独特さが重なっておもしろいんですね。

かんこ、しんこ。単品で見ると謎の音ですが、堅雪かんこ、しみ雪しんこと言われると、日本人だと何となく分かってしまうのが不思議なところ。
実際、かんこ、ってどんな音かと言われると分からないです。しみ雪しんこ、の方はまだ「雪がしんしんと降っている」という擬音は一般的なので、何となく「しみ雪しんこ」と言われると納得する気もしますが、実際、雪が降る時に音などしません
でも、堅雪かんこ、しみ雪しんこ、と言われると不思議と分かってしまう。
実際には冷静に考えるほど、堅雪かんこ、しみ雪しんこ、は謎の言葉なのですが。なぜか僕ら日本人は腑に落ちてしまうのです。

こういうオノマトペを平然と繰り出し続けてくるのが宮沢賢治の童話です。堅雪かんこ、しみ雪しんこはわらべ唄から引っ張っていますが、「臆病でくるくるした」、などやはり独特のオノマトペが重なって、世界が構成されていきます。
これを積み重ねられると、それだけで、音と風景が頭に広がるんですね。

日本語のオノマトペは不思議

それにしても、少し余談になりますが、日本語のオノマトペとは非常に不思議なものです。
雪がしんしんと降っているとは誰が言い出したものなのか。このしんしんという言葉を調べると、深く、重く、しんみり、一心に降るなどと出てくるのですが。
恐らく雪がしんしんと降るのしんしんは、しーん、のしん、つまり静かさを表すしんじゃないかと思います。
雪が降るというのはとにかく静かです。音が吸収されるからでしょう。
ただの無音ではなく、音が吸い込まれるような静かさ、しーん、なのでしょう。
この、しーん、についても誰が言い始めたものなのやら
心のしんなのか。
音がないのを音で表す、しん。
改めて考えるほどに日本語のオノマトペは面白いです。

日本語はとにかくリズムを持たない言語音節の強弱が少なく平らな音の言語です。ですので、オノマトペが豊富なんだろうと僕は考えたりします。
英語なんかはネバネバをstickyと、音を真似るのではなく形容詞をそのまま用いるものが多いです。英語以外の言語までは知らないのですが。
そもそもネバネバなんてのも、ネバネバなんて音は実際にはしません。ある意味ではネバネバもstickyと同じく形容詞だとも考えられるわけですが。

日本語のオノマトペ自体もおもしろいのですが、日本語の中でも強烈な方言を持つ東北の言葉のオノマトペを多用するのが宮沢賢治のおもろしろさの一つでしょう。

余談が長くなりましたが、今回の青空文庫で気軽に読める名作宮沢賢治の雪渡りでした。